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ボーカリスト・作詞家 山川千穂子さん ボーカリスト・作詞家 山川千穂子さん

Interview — #16

「ありがとう」を、すべて音に変えて。
私を救い出してくれた音楽で、今度は誰かを温めたい。

ボーカリスト・作詞家・ボイストレーナー 山川 千穂子

Vocalist / Songwriter / Voice Trainer — Chihoko Yamakawa

About this story

沖縄から18歳で上京し、ボーカリスト、作詞家、そして恩師から受け継いだ独自の脳トレを取り入れたボイストレーナーとして道を切り拓く山川千穂子さん。一時は音楽から離れかけるほどの葛藤を経験しながらも、彼女の周りには常に、その情熱を支える温かい人々の輪がありました。波乱に満ちた半生と、彼女が紡ぎ出す音楽の根底にある「純度100%の感謝」のストーリーをお届けします。

山川千穂子さん インタビュー01
01

音楽の神様に導かれた、
沖縄からの旅立ち

音楽の道を本格的に志し、東京の音大へ進学されたきっかけは何だったのでしょうか。

きっかけは、小さな頃からずっと胸の中にあった、音楽家になりたいという夢でした。最初は両親も子どものよくある夢だと思って本気にしていませんでしたが、中学生の時に「どうしても音楽大学に行きたい」と真剣に切り出したんです。地元の沖縄にある音楽系の大学に問い合わせてみたところ、伝統的な琉球舞踊などには強いけれど、クラシックやポピュラーを本格的に学ぶなら沖縄を出た方がいいとアドバイスをいただきました。その時に先生方が口を揃えて推薦してくださったのが、神奈川にある昭和音楽大学だったんです。歌や声楽にものすごく特化した学校だと聞いて、18歳の春、迷わず沖縄を飛び出しました

02

感情の逃がし方を教えてくれた、
目に見えない相棒

幼少期にとても辛い経験をされたそうですが、それがどのように音楽表現へと繋がっていったのですか。

実は幼稚園から小学校4年まで周囲に馴染めず、苦しい時期を過ごしていました。両親は教員で忙しく、弟の看病もあったため、私は祖父母に育てられたんです。親に甘えられない寂しさを誰にも言えず、小2の時には心がすっかり落ち込んでいました。そんなある日、一人で泣きながらピアノに向かっていた時、ふと不思議なインスピレーションが湧き上がってきたんです。まるで目に見えない音楽の神様が寄り添ってくれて、「そんなに辛いなら、言葉にできない気持ちを全部、曲にしちゃえばいいじゃん。目をつぶって、感情のままに指を動かしてみて」と語りかけてくれたようでした。やり方もわからないままピアノを弾いたら、胸の痛みがすっと消えていきました。これが、私の作曲の原点です。

山川千穂子さん インタビュー02
言葉では伝えられなかった想いを、音楽が通訳してくれた。
山川千穂子さん インタビュー03
03

言葉の代わりに、
音楽が語りかけた夜

そこから、即興での曲作りや作詞を本格的に始められたのですね。

そうなんです。小学校6年生の後半くらいからは、自分の感情をピアノにぶつけるように即興で曲を作るようになりました。中学校に入ってからは作詞も始めたのですが、音楽が私と両親の心を繋ぐ通訳になってくれたんです。ある日、学校での悩みや親に言えない寂しさをすべて即興のメロディと歌詞に乗せて演奏していたら、それを聴いたお母さんが「何か辛いことがあったの?」と、初めて私の心の奥にある悩みに気づいてくれました。言葉ではどうしても甘えられなかった私が、音楽を通して初めて両親に本当の気持ちを打ち明けることができたんです。それからは、自分の内側にある想いを伝えるために音楽を紡ぐようになりました。

04

ピアノへの反抗から始まった、
声楽との不思議な出会い

高校時代には、ピアノから声楽(オペラ)へと大きく方向転換をされていますが、どのような転機があったのですか。

高1の時、ピアノの先生の前でわざと足を組んで弾いたんですよ。今思えばひどい話なんですけど(笑)。誰かが作った決まった曲を弾くことに行き詰まってしまって、それが人生で初めての大きな反抗でした。当然、先生から「もう面倒は見切れない」と怒られてしまったのですが、その先生が「歌で行きなさい」と、近所の歌の先生を紹介してくださったんです。その移籍先の先生が音楽大学の出身で、オペラを専門にされている方でした。私を温かく迎えてくれて、そこから本格的に声楽を学ぶことになったんです。あの時にピアノの先生にぶつかっていなければ、昭和音楽大学の声楽科に入ることもなかったので、今となっては本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

山川千穂子さん インタビュー04
山川千穂子さん インタビュー05
05

葛藤の先に見つけた、
本当に学びたいこと

大学3年の途中で一度休学し、声楽からデジタルミュージックへ転科・短大へ編入するという、大きな決断をされていますね。

あの時は本当に落ちていたと思います。音楽の音すら聴きたくなくて。「このまま音楽がなかったら自分はどうやって生きていくんだろう。でも、とりあえずなんとかなるでしょ」と思って一度リセットしたんです。しかし、日常の音に触れるうちに戻りたい気持ちが溢れ、短大の試験を受け直しました。もう後がないという不退転の決意で臨み、同じ大学から「おかえり」と迎えてもらえたあの経験が、今の私の道を開いてくれました

おじいちゃんへの感謝が、今の私の音楽活動の原点。
06

祖父の言葉がメロディに変わった、
一生の最高傑作

ご自身の楽曲の中で、特に思い入れの強い曲はありますか。

大学に在学中、親代わりとして育ててくれたおじいちゃんが末期がんになってしまい、余命数ヶ月を告げられました。何も恩返しができていないと後悔が襲ってきた時、幼い頃におじいちゃんが「みんな死んだら海の向こうの島に帰るんだよ」と安心させてくれた言葉を思い出したんです。常世の島『ニライカナイ』をテーマに感謝を込めたレクイエムを書いて、亡くなったおじいちゃんの棺に入れました。それを見つけた叔母が「弾いてみて」と言ってくれて、その場でピアノ演奏をしたんです。それを聴いた親戚が満場一致で「お葬式で流してほしい」と葬儀会社へ頼んでくれました。ただ、音源がなくて「リミットは12時間しかない」と言われたんです。そこから徹夜で録音から制作まで行って、当日の朝にCDへ落として間に合わせました。家族や親族の協力がなければ叶わないことでしたし、「孫が作った曲で旅立てて幸せだと思うよ」と言ってもらえたあの時間が、今の私の音楽活動を支える原点になっています。

山川千穂子さん インタビュー06
山川千穂子さん インタビュー07
07

24時間のすべてを、
表現の糧に変えるタフネス

卒業後はアルバイトをいくつも掛け持ちしながら、過密なスケジュールの中で創作活動を続けられていたそうですね。

卒業してからしばらくは、バイトを5つ掛け持ちしながら曲を作ってました。作れる時間が夜中の12時から朝4時しかなくて。ワクチンの接種会場やイベントスタッフ、居酒屋と朝から晩まで動き回りながら、ライブ配信やバーテンダーの仕事も並行して始めていたんです。そのバーで出会ったお客さんたちとのご縁で、ある社会貢献のイベントに専属バーテンダーとして呼んでいただけるようになりました。そこでたまたま出会ったのが、後に私の師匠となる音楽プロデューサーの先生だったんです。また、その頃から続けていたベルギービールの専門店での仕事でも、やるからにはプロになりたいと思い、ビールの専門アドバイザーやプロフェッショナルといった資格も取得しました。あの多忙を極めた日々で身についた集中力や、一つのことを突き詰める姿勢が、今の私を支える大きな強みです。

08

テクニックの前に、
声を届ける「想い」を育てる

現在はボイストレーナーとしても独立されていますが、レッスンではどのようなことを大切にされていますか。

第一線で活躍されている音楽プロデューサーの先生との素晴らしいご縁があり、弟子入りをして1年間みっちりとレッスンの手法を学びました。今年の4月からプロとして受講生の方を迎えているのですが、私が教えているのは、一般的な発声練習とは少し違います。先生から受け継いだ帝王声楽という考え方をベースに、「ありがとう」という感謝や、自分の内側にある想いをどうやって声に乗せて外側に発信するかという、脳トレ要素を盛り込んだボイストレーニングなんです。自分は歌が下手だからと悩んで来る方も多いのですが、下手だと思っているのは自分だけなんですよね。一番大切なのは、テクニックではなく声を届けたいという純粋な気持ちです。声を出すことで皆さんの心がすっと軽くなり、笑顔になっていく瞬間を見ることが、今の私の大きなやりがいです。

山川千穂子さん インタビュー08
山川千穂子さん インタビュー09
09

歌舞伎町から広げる、
温かいファミリーの輪

毎週日曜日の歌舞伎町での三線ライブや、これからの展望をお聞かせください。

正直、今もわけがわからない状態なんですよ(笑)。やりたいことが多すぎて、これもしなきゃあれもしなきゃって。現在は丸の内にあるベルギービール店でお世話になりながら、毎週日曜日の夜は、歌舞伎町の沖縄パラダイスというお店で1時間の三線ライブを担当しています。実はこのお店は大学2年生の時から働かせていただいているのですが、最初に働いた店でとても過酷な環境を経験し、新宿へ足を踏み入れた私を「やめてすぐ来なよ」と温かく受け入れて救ってくれたのがお店のマスターだったんです。昨年亡くなってしまったのですが、マスターへの大きな感謝と、その遺したお店をみんなで守りたいという一心で、毎週日曜日には私が三線を弾いています。ボイストレーナーとして今も集客に苦戦していて、SNSで広告を出したらドタキャンが続いたこともありました。でも、お金の面を気にしなければ本当に幸せですね。ライブに来てくださったお客さんが幸せそうな笑顔を見せてくれることが、私にとってお金に換算できない財産なんです。まだまだ答えは出ていないけれど、それでも今が一番幸せだと思えますし、これからも音楽を通して、関わる人みんなが笑顔で繋がれる温かいファミリーのような場所を作っていきたいです。

Message

「ありがとう」を、すべて音に変えて。

山川さんにとって、音楽とは何でしょうか。

私にとって音楽は、言葉では届かない気持ちを乗せて、心と心を繋いでくれる『通訳』のような存在です。幼い頃から、自分の内側にある想いを伝えるためにずっと音を紡いできました。

今も、『ありがとう』という感謝や、心の中にある想いをどうやって声に乗せて外側へ発信するか、日々向き合っています。テクニックよりも一番大切なのは、声を届けたいという純粋な気持ちです。私を救い出してくれた音楽で、今度は出会う人みんなを温めていきたいです。

山川千穂子さん 山川千穂子さん

Original Song

ニライカナイ

海の向こうの常世の島へ—— おじいちゃんへの感謝を込めて、徹夜で紡いだ一生の最高傑作

Lyrics

わったー島ぬうとぅや
ふゎーふじぬ祈り

私たち島の音は、祖父母の祈り

なちぬゆるにーしぇや
叩くてーくぬ響き

夏の夜、若者が叩く太鼓の響き

7月エイサードンドンと
ニライカナイへと乗せて行く

んかし多くの人が
なだぐるぐるしていた

昔、多くの人が涙を流した

オジーはぬちぬ宝と

祖父は、命は宝と——

繋がる人の願い

わったー島んぬ宝
わらゆんわらばーのぬち

私たち島の宝は、笑う子どもの命

わったーふわぁーふじーぬ
祈りと願い

パーランクーとカチャーシ

伝統楽器と踊り

ちゅらぬ島ぬゆるうとぅや

美しい島の、夜の音

どぅし(友)と共に海を見る
美ぬそれはふぃかりかがやき
ニライカないすすむ

友と共に海を見る——美しいそれは光輝き、ニライカナイへ進む

わったーふゎーふじーぬ
耳傾け 祈り

テークぬウトゥに
繋がるうちなー

太鼓の音に、繋がる沖縄

パーランクとかチャーしー
ちゅらぬ島ぬゆるうとぅや

なちぬゆるにーしぇや
叩くてーくぬ響き

夏の夜、若者が叩く太鼓の響き

7月エイサードンドンと
ニライカナイへと導いてる

わったー島ぬうとぅや
ふゎーふじぬ祈り

私たち島の音は、祖父母の祈り

YouTube でフルバージョンをお聴きください

Shop

店舗情報

沖縄パラダイス 店内写真1
沖縄パラダイス 店内写真2
沖縄パラダイス 店内写真3
沖縄パラダイス 店内写真4
サムネイル1
サムネイル2
サムネイル3
サムネイル4

沖縄パラダイス

新宿で沖縄料理と島唄ライブを楽しむ——心を込めた沖縄料理と泡盛、毎晩の島唄ライブが魅力のお店。

住所
東京都新宿区歌舞伎町1-2-16 第一オスカービル 3F
アクセス
新宿駅東口 徒歩10分 / 西武新宿駅 徒歩10分
営業時間
17:00〜00:00(毎日)
電話
03-3202-1639
予算
¥3,000〜¥3,999
ライブ
毎晩 島唄ライブ / 毎週日曜 三線ライブ

ベルギービール アントワープ セントラル

東京駅直結・丸の内TOKIA地下のベルギービアレストラン。山川さんはこちらでお世話になっており、ベルギービールの専門アドバイザー資格を取得するほど、仕事への姿勢を貫いています。

住所
東京都千代田区丸の内2-7-3 東京ビルTOKIA B1F
アクセス
JR東京駅・地下鉄東京駅 徒歩2分
営業時間
月〜金 11:30〜15:00 / 17:00〜23:00、土 11:30〜23:00、日祝 11:30〜22:00

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Afterword

山川さんとの対話を通じて、音楽が単なる表現手段ではなく、人生を支え、人と人を繋ぐ言語であることを改めて感じました。沖縄から18歳で飛び出し、ピアノから声楽、そしてデジタルミュージックへ——方向転換のたびに、彼女を支えたのは周囲の温かい人々の輪でした。

おじいちゃんへのレクイエム、5つのバイトを掛け持ちした徹夜の創作、師匠から受け継いだ帝王声楽。すべての経験が、今のボイストレーニングと三線ライブに息づいています。テクニックより先に大切なのは「ありがとう」という想いを声に乗せること——その哲学が、受講生の方の笑顔や、ライブ会場の温かさにそのまま表れているのだと思います。

筆者画像

秋田 信明 Nobuaki Akita

Wakku Inc. CEO|wakkul

SI・Web業界での28年の実務経験を経て、現在はセルフプロモーションサービス wakkul(ワックル) の企画・設計・運営を手がける。モデル・職人・料理人・エンジニアなど、あらゆる分野で技と物語を持つ人が自分らしく世界へ発信できる場づくりをテーマに、戦略と技術の両面から取り組んでいる。

Profile

山川千穂子さんの
プロフィールを見る

ボーカリスト・作詞家・ボイストレーナーとして、
感謝を音に変え続ける山川さんのすべてがここに。

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