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アームレスリング世界女王 山田よう子さん アームレスリング世界女王 山田よう子さん

Interview — #13

「自分のためには1ミリも頑張れない」
世界女王・山田よう子が、誰かの笑顔のために魂を燃やし続ける理由

アームレスリング世界女王 山田 よう子

World Champion — Arm Wrestling

About this story

アームレスリングの世界選手権で、日本人女子初の世界王者という歴史的偉業を成し遂げた山田よう子さん。全日本選手権11連覇ののち、電撃復帰後もさらに4連覇を達成し、総合格闘技の舞台でも「最短10秒での一本勝ち」という伝説的な記録を残してきました。圧倒的な強さを誇る彼女の原動力は、勝利への執念でも、自己名誉の欲求でもありません。50歳を目前にした今、再び頂点へ向かって走り続ける彼女の、情熱に満ちた生き方の核心に迫ります。

山田よう子さん インタビュー01
01

人生で初めて味わった
「負け」の衝撃

アームレスリングという競技には、どのようなきっかけで出会ったのですか。

きっかけは1999年の3月、たまたま入った居酒屋でした。私はお酒が飲めないのですが、その場でワイワイ盛り上がっていたら、隣にタンクトップを着たものすごいマッチョな方がいたんです。何をやっている人だろうと思ったら、アームレスリングの選手でした。私はもともとプロレスラーや格闘家になりたかったくらいスポーツ万能で、学校の大会なんかでも、出れば全部優勝して親に表彰状を渡すのが嬉しいような子供でしたから、少しは力に自信があったんです。それで誘われるがままに始めて、その2ヶ月後に大会に出たのですが、そこで初めて「負け」というものを体験しました。人ってこんなに悔しい思いを早くから知っていたのかと、ものすごい衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。

02

半年で駆け上がった世界、
そして第二の親との出会い

始めてからわずか半年で世界大会に進まれたそうですが、怖さはなかったのでしょうか。

負けた悔しさのまま練習に没頭して、気がついたら全日本大会で2位になり、半年後には世界大会の舞台に立っていました。初めて海外の選手を見たときはさすがに怖いなと思いましたけど、会長に「練習だと思って思い切りやりなさい」と言われて台に向かったんです。私がずっとアームレスリングを続けてこられたのは、その会長の存在があったからでした。当時は色々なことがあり孤独だった時期で、会長は私にとって第二の親のような存在だったんです。私が勝つことで、連盟が盛り上がって会長が喜んでくれる。それが嬉しくて、二人三脚でずっと戦ってきました。自分のために何かをするよりも、大切な人のために動く方が、私にとっては自然なことでした。

山田よう子さん インタビュー02
自分のために何かをするよりも、大切な人のために動く方が、私にとっては自然なことでした。
山田よう子さん インタビュー03
03

最短10秒での一本勝ち、
格闘技界に残した伝説

その後、総合格闘技やプロレスの舞台でも素晴らしい戦績を残されていますね。

アームレスリングで全日本を連覇していく中で、総合格闘家であるエンセン井上さんに師事する機会をいただき、格闘技のリングにも上がることになりました。プロとしての戦績は6勝1敗で、試合開始からわずか10秒で一本勝ちを収めたこともあります。これは当時の女子格闘技界での最短記録になりました。ただ、格闘技のリングに上がっているときも、アームレスリングの台に向かっているときも、私の中での気持ちは何も変わっていませんでした。格闘技界で名前を売ってやろうとか、強い自分を証明したいなんていう欲は全然なくて、ただ応援してくれる仲間たちや、格闘技の道を拓いてくれた師匠の期待に応えたい、その一心だけで拳を握っていました。

04

2ファール負けからの大逆転、
日本人女子初の快挙

2005年の東京世界大会では、日本人女子初の世界王者という歴史的な偉業を達成されました。あの決勝戦の舞台裏を教えてください。

実は大会の直前、うちの父親が病気で倒れてしまって、体調が本当にギリギリの状態で会場に応援に来てくれていたんです。日本で世界大会が開催されるなんて次にいつあるか分からないし、父親に自分の元気な姿を見せられるチャンスはこれが最後かもしれないと思いました。決勝の相手はロシアの強豪、ユーリア・ボロブエワ選手でした。最初の試合で、私は緊張と焦りから2回続けてファールを取られてしまい、一度は完全に負けが決まってしまったんです。普通ならそこで心が折れますよね。でも、ルール上まだチャンスがあるプレーオフラウンドの枠が残されていました。客席の父親の顔が見えた瞬間、体の中から信じられないエネルギーが湧き上がってきたんです。意地でも負けるわけにはいかないと、そこから狂うことなくすべての力を集中させて、プレーオフで大逆転勝利を収めました。日本人女子として初めて世界チャンピオンになった瞬間、私はすぐに父親の元へ走って行って、その首に金メダルをかけました。

山田よう子さん インタビュー04
自分のためには1ミリも頑張れない。誰かの笑顔のためなら、どこまでも強くなれる。
山田よう子さん インタビュー05
05

27年間通い続ける、
恩師への義理と人情

11連覇を達成したあとに一度引退され、2017年に復帰してからもさらに4連覇を重ねています。なぜそこまで強くあり続けられるのでしょうか。

やっぱり、自分のためには1ミリも頑張れないという本質があるからだと思います。私は金メダルをもらっても「よし、勝った」とその場で終わりで、メダルそのものには執着がないから、すぐに人にあげてしまいます。その代わり、誰かの笑顔のためならどこまでも強くなれるんです。20代の頃から27年間、毎月のように高僧の池口恵観先生の元へ通って行を続けているのですが、先生には人生のどん底のときに何度も救われました。2019年には正式にお弟子さんとしての名前もいただいています。毎日身を削りながら人々を救おうとしている先生の背中を見ていたら、私もここでたくさん元気をいただいて、それを自分の周りにいる人たちに持って帰って渡さなきゃいけないと思うようになりました。自分が勝つことで、周りのみんなを笑顔にできる。それが私の本当の活力なんです。

06

孵化した鳩「ジュリアス」が
つないでくれた、新たな覚悟

新しいブランドや会社を立ち上げようと決意された背景には、ある出会いがあったそうですね。

これからの人生で、心の弱い人やシングルマザー、障害を持つ子供たちのサポートをしていきたいと考えていた時、事務所のベランダに1羽の鳩がやってきて、1週間ずっと動かなかったんです。よく見たら卵を温めていました。マイク・タイソンも子供の頃に鳩がきっかけで強くなったという話を思い出して、これも何かの縁だと思って見守ることにしました。やがて無事に孵化したその子に「ジュリアス」と名前をつけて、我が子のように大切に育てていたんです。でもある日、不慮の事故でジュリアスはいなくなってしまいました。ものすごく落ち込みましたけど、あの小さな命は私が一番悩んでいる時に来てくれて、たくさんの勇気を遺してくれたんだと気づきました。だから、これから立ち上げる会社の名前は「ジュリアス」にして、鳩のロゴを背負って再び全日本選手権に挑戦すると決めたんです。

山田よう子さん インタビュー06
山田よう子さん インタビュー07
07

21年ぶりの日本開催、
仲間たちと描く未来

今年の全日本選手権への出場を決められたそうですが、現在の意気込みを教えてください。

実は、ジュリアスのことがあってからエントリーを決めたので、もう試合まで1ヶ月を切っていて、今までで一番練習ができていない状態なんです。周りの選手たちが猛特訓している姿をSNSで見ると焦りもあります。でも、今回は秋田の大会まで娘も一緒に連れて行くんです。娘も疲れているのに、わざわざ遠くまで応援についてきてくれる。その娘の前で、不甲斐ない姿は見せられません。しかも、今年の大会は私が世界王者になった2005年以来、国内では実に21年ぶりとなる日本開催なんです。当日は、相手がどれだけトレーニングを積んできたとしても、私が周りの人たちを想う気持ちの強さだけで、台の上で魂を爆発させて勝つ姿を証明したいと思っています。将来の夢は、勝どきに大きなビルを丸ごと1棟買って、お世話になったじいさんや心の綺麗な仲間たちを全員そこに住まわせて、「みんな自由に楽しく生きなさい」と言えるような肝っ玉母ちゃんになることです。そのためにも、私はまだまだ走り続けます。

Message

誰かの笑顔のために、
まだまだ走り続ける

世界女王としての強さの本質と、これからの展望を教えてください。

メダルはすぐに人にあげてしまう。自分のためには1ミリも頑張れない。そう言い切れる山田さんの原動力は、会長、父親、恩師、娘、そしてジュリアスとの出会いなど、周りの人を想う気持ちの積み重ねにありました。

練習不足のまま全日本へ向かう今も、焦りより先に立つのは「娘の前で不甲斐ない姿は見せられない」という想いです。勝どきにビルを買い、お世話になった人たちを住まわせて「みんな自由に楽しく生きなさい」と言える肝っ玉母ちゃんになる。その夢は、台の上の勝利だけではなく、人の笑顔をつなぐ生き方そのものです。そのためにも、私はまだまだ走り続けます。

Sponsor

スポンサー・協賛募集

山田よう子さん スポンサー・協賛募集

山田よう子は、21年ぶりの日本開催となる全日本選手権へ再び挑戦しています。同時に、誰もが自分らしく輝ける社会を目指すブランド「ジュリアス」の立ち上げも進めています。

大会への遠征・トレーニング環境の整備、そして社会貢献活動を継続するために、スポンサー・協賛企業・個人の皆さまのご支援を募集しております。ご協賛内容に応じて、大会関連でのネーム掲出、ウェブ・SNSでのご紹介、イベントへのご招待など、柔軟にご提案させていただきます。

「誰かの笑顔のために戦う」
その想いに共感いただける方からのお問い合わせを、心よりお待ちしております。

お問い合わせ

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Afterword

山田さんとの対話を通じて、いちばん強く残ったのは「自分のためには1ミリも頑張れない」という言葉でした。世界王者、11連覇、復帰後の4連覇。肩書きだけを並べれば圧倒的な強者です。けれど彼女が語るのは、いつも自分のための勝利ではなく、会長を喜ばせたい、父親に元気な姿を見せたい、周りを笑顔にしたい、という他者への想いでした。

2ファールからの大逆転、10秒一本の伝説、居酒屋での偶然の出会い。華やかなエピソードの奥にあるのは、メダルをすぐに人に渡してしまうほどの潔さと、27年間恩師の元へ通い続ける義理深さです。ジュリアスとの出会いが会社名と再挑戦の覚悟につながった話も、勝利への執念ではなく、誰かを支えたいという心の延長線上にあると感じました。

試合まで1ヶ月を切り、今までで一番練習ができていない。そう言いながらも、娘の前で不甲斐ない姿は見せられないと語る山田さんの目は、揺るがない覚悟でした。台の上で魂を爆発させるのは、トレーニング量だけではなく、人を想う気持ちの強さなのかもしれません。

筆者画像

秋田 信明 Nobuaki Akita

Wakku Inc. CEO|wakkul

SI・Web業界での28年の実務経験を経て、現在はセルフプロモーションサービス wakkul(ワックル) の企画・設計・運営を手がける。モデル・職人・料理人・エンジニアなど、あらゆる分野で技と物語を持つ人が自分らしく世界へ発信できる場づくりをテーマに、戦略と技術の両面から取り組んでいる。

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