wakkul

カート種別

イベント 商品
eスポーツ事業責任者 中野サガットさん eスポーツ事業責任者 中野サガットさん

Interview — #17

「悩んでいるくらいならやめておけ」
幾度もの修羅場を越えて、中野サガットが仕掛けるeスポーツの未来。

ストリートファイターⅡ公式全国大会優勝 中野サガット

eSports Producer — Sagatt Nakano

About this story

優勝賞品はマウンテンバイク1台。賞金はゼロ。母親からの言葉は「何でも一番になるってすごいね」というものでした。1993年、14歳の中野サガットさんが掴んだストⅡの日本一は、そういう現実の中にありました。一度はゲームから完全に離れ、WEB営業の世界を経験し、予期せぬ事業停止という本当の修羅場をくぐり抜けてきた経営者。和歌山の建設会社を母体に、西日本から世界へと仕掛けを続ける彼の、冷めない負けん気の正体に迫りました。

中野サガットさん インタビュー01
01

新聞配達の裏にあった、14歳の決意と
「俺より強い奴に会いに行く」の真実

1993年の国技館大会、中学3年生で日本一になられたエピソードが有名ですが、当時は福井県から一人で東京へ向かわれたそうですね。

当時はストⅡターボの大会にどうしても出たくて、地元の小さなおもちゃ屋さんやゲームショップの予選を14箇所くらい回って全部優勝しました。でも、母親に東京の国技館に行きたいと言ったら、母子家庭で家も裕福ではなかったので、そんなお金はないと断られてしまって。ストリートファイターのキャッチコピーは「俺より強い奴に会いに行く」ですから、地元にはもう強い奴が誰もいなかったので、全国大会に行くしかありませんでした。中学生でもできる新聞配達のアルバイトを春から夏まで数ヶ月間必死にやって、自分で旅費を貯めて夜行バスに飛び乗りました。相撲の聖地である国技館でゲームの大会が開かれるのを見て、子供ながらにゲームが社会的に認められたんだと勝手に誇らしく解釈していましたね。

02

母親の言葉に感じた引っかかりと、
二十年の空白。そしてWEB業界での日々

見事20万人の頂点に立ち、8,500人の観衆の前で日本一になりました。地元に帰った後の現実は、決して華やかなものではなかったと伺いました。

優勝して地元に帰ったら、母親の知り合いがテレビを見ていたらしくて、母親から、へー、何でも一番になるってすごいね、と言われたんです。今でもその言葉は忘れません。当時はゲームがうまいことが全く認められない時代だったので、その「何でも」というフレーズに、どこか下に見られているような引っかかりを感じてしまいました。自分が誰よりも時間を費やして掴んだものをそんな風に言われるんだと、子供ながらに悔しかった。その後、高校を出てからは大阪の専門学校でフランス・イタリア料理を学び、料理人として就職したもののすぐに辞めました。その後は営業の仕事を経験し、25歳の時にWEB制作会社を立ち上げ、不動産会社向けのWEBシステムの販売など、さまざまな事業に携わりながら、20年近くはゲームから完全に離れた生活を送っていましたね。

中野サガットさん インタビュー02
地元にはもう強い奴が誰もいなかった。全国大会に行くしかなかった。
中野サガットさん インタビュー03
03

「面白そうだから、やります」から始まった、
経営者としての本当の目覚め

2018年に前職のシステム開発会社の社長から声をかけられ、eスポーツ業界へ復帰された経緯を教えてください。

社内で僕の過去の実績を知っていた社長から、これからeスポーツが伸びるから事業にしないかと声をかけられたんです。すぐに応えられずにいたら、社長から、悩んでいるくらいならやめておけ、俺からやれと言われてやるのは簡単だけどそれでは自分のためにならないぞ、と言われました。その言葉でハッとして、面白そうなのでやりますと引き受けました。ただ、正直に言うと、返事した後も何をやっていいのか全くわかりませんでしたけどね(笑)。そこから会社の出資でeスポーツ事業専門の会社を立ち上げ、代表として活動を本格的に始動することになりました。誰かに言われてやるんじゃない、自分の意志で打って出ないと意味がないんだと気づかされた、僕の大きな転機です。

04

「お前ら頑張れよ」と思っていたら、
自分が優勝してしまったラスベガスの真実

世界王者になる直前の2019年、代表として選手を率いてラスベガスの世界大会「EVO」へと遠征されていますね。

当時はプロゲーマーを何人か選手として入れて、そいつらと一緒に大会に行ったので、僕はどっちかというとスポンサー営業をするBtoBの仕事としての役割でした。お金を稼がないと選手たちに報酬を払えないですから、メンバーが活躍してもらわないと困るという責任の方が大きかったんです。だからお前ら頑張れよと本気で思っていたら、自分がサイドイベントのスパ2X部門で優勝しちゃって、気付けば一番結果を残したのが自分だったので、嬉しい反面、複雑な気持ちでもありました(笑)。普段のゲームセンターでの勝率は2割いくかいかないかでしたし、強豪が途中で消え、決勝の相手がたまたま普段から練習していたキャラクターだったりと、本当に運の要素が大きかったですが、あの大会で優勝できたことは今でも大きなプラスになっています。

中野サガットさん インタビュー04
悩んでいるくらいならやめておけ。自分の意志で打って出ないと意味がない。
中野サガットさん インタビュー05
05

活動拠点を大阪に移した直後に直面した、
コロナ禍という最初の壁

世界一の看板を手にした後、チームの運営や経営の面ではどのような最初の壁に直面されたのでしょうか。

活動拠点を大阪に移した直後にコロナ禍が直撃しました。新しい案件がなかなか取れなくなったタイミングで、社員や選手にも固定の報酬が発生していたため、チームのメンバーにはどんどん辞めてもらわざるを得なくなりました。本当に綺麗事だけではいかない現実でしたね。

06

2023年、田村淳さんの「師匠」として
ラスベガスのセコンドに就いた記憶

そんな苦境のさなか、2023年には田村淳さんの指導を任され、再びラスベガスの舞台へ同行されたそうですね。

大阪MBSのeスポーツ番組にチームオーナーとして出演したことがきっかけで繋がり、番組MCの田村淳さんから、ラスベガスの大会で一回戦は勝ちたいから教えてほしい、と連絡をもらったんです。毎週1回、ZOOMを繋いでオンライン対戦で教えました。格闘ゲームほぼ未経験に近い淳さんに技術を教えるのは難しかったですが、何より勝負の楽しさを伝えることを意識しましたね。現地ラスベガスで淳さんが真剣に画面に向かいましたが、結果は惜しくも1回戦敗退でした。ただ負けてもとても楽しそうにされていたのが印象的で。EVOは誰でも参加できるのが醍醐味の大会なのですが、同じ体験を多くの人にしてもらいたいと強く思いましたね。プロだろうがライト層だろうが、一歩を踏み出して真剣に勝負に挑む姿は、周囲の人間をこれだけ巻き込むんだと教えられました。

中野サガットさん インタビュー06
中野サガットさん インタビュー07
07

不測の事態による突然の事業停止、
それでも守り抜いたeスポーツ事業と和歌山での再出発

裏方として大きな手応えを得た翌年、さらに大きな二度目の修羅場が待っていたそうですね。

その後、別の母体を頼って再出発しましたが、2024年の初めに、経営の根幹を揺るがす不測の事態が起きてしまったんです。運営母体の会社が急に事業停止に陥ってしまい、それに巻き込まれる形で会社を完全に閉める手続きに入らざるを得なくなりました。本当に綺麗事だけではいかない現実でしたね。このままではeスポーツ事業を継続できなくなる状況となり、業界からの引退も頭をよぎりましたが、どうすれば事業を継続できるだろうかを考え、知人の協力もあり、事業を継続する道を選びました。何とか続けさせてくれる母体を探し、今は和歌山の串本町にある建設会社のeスポーツ事業部責任者として、形を変えて活動を継続しています。母体となる会社は何回か変わってはいるものの、僕がやってきたeスポーツに関わるイベントの企画運営やチームのマネジメントという事業自体は、約8年間変わらず継続しています。

あの日の「何でも一番」と言われた悔しさは、今も変わらず燃えている。
08

あの日の「何でも一番」と言われた悔しさを胸に、
西日本から仕掛ける次の革命

2026年現在、スト6のヒットでeスポーツ市場が大きく広がる中で、中野さんが仕掛けている新しいビジネスの展望を教えてください。

今まさに、中小企業や個人事業主の方でも気軽にeスポーツチームを応援していただけるサブスク型のパートナープランをスタートさせました。実力のある選手を迎え入れ、海外大会でも活躍できる環境を作るためには、継続的に応援してくださるパートナーの存在が欠かせません。より多くの方に参加していただける仕組みを作り、チームをさらに成長させていきたいと考えています。

また、女性限定eスポーツ大会「CYNTHIA」の開催にも力を入れています。女性プレイヤーが安心して挑戦できる環境づくりを進めるとともに、現在はオフラインで楽しめる新たなイベントも企画中です。オンライン・オフラインの両面から、より多くの人がeスポーツに触れられる機会を増やしていきたいと考えています。

そして、もう一つ注力しているのが、コンビニ複合機を活用したコンテンツプリント事業です。VTuber事務所やスポーツチーム、その他のクリエイターが保有するコンテンツを、在庫リスクなく全国のコンビニで販売できる仕組みで、今後さらに需要が広がる分野だと考えています。

中野サガットさん インタビュー08

Message

30年前の国技館から、
何も変わっていない。

中野さんにとって、eスポーツとは何でしょうか。

私にとってeスポーツは、勝負の楽しさを分かち合い、一歩踏み出して真剣に挑む姿が人を巻き込んでいく文化です。EVOは誰でも参加できるのが醍醐味の大会。プロだろうがライト層だろうが、一歩を踏み出して真剣に勝負に挑む姿は、周囲の人間をこれだけ巻き込む。同じ体験を、もっと多くの人にしてもらいたいと強く思っています。

以前は自分自身がプレイヤーとして結果を残すことを目指していました。これからは、選手が世界で活躍できる環境や、多くの人が挑戦できる舞台を作る側として成功していきたいと思っています。そのために、eスポーツを軸に新しい事業や仕組みを作りながら、日本のeスポーツを少しでも前に進めていきたいと考えています。

中野サガットさん 中野サガットさん

Share this story

Afterword

中野さんとの対話を通じて、いちばん強く残ったのは「悩んでいるくらいならやめておけ」という社長の言葉でした。14歳で新聞配達をして国技館へ向かった少年時代、20年間ゲームから離れた空白、EVOでの思わぬ優勝、コロナ禍と事業停止——すべてが点として存在していた経験が、和歌山での再出発で線として繋がっている。

ラスベガスで、選手を送り出す立場だったはずが、ご自身が優勝をしてしまったエピソード、田村淳さんのセコンドとしてEVOへ同行した記憶。勝負の楽しさを伝えることへのこだわりは、30年前の国技館と変わらない。eスポーツを単なるゲームではなく、人と人を繋ぐ文化として捉え、西日本から「eスポーツならREVO」と言われる存在を目指す中野さんの負けん気は、これからも続いていくはずです。

筆者画像

秋田 信明 Nobuaki Akita

Wakku Inc. CEO|wakkul

SI・Web業界での28年の実務経験を経て、現在はセルフプロモーションサービス wakkul(ワックル) の企画・設計・運営を手がける。モデル・職人・料理人・エンジニアなど、あらゆる分野で技と物語を持つ人が自分らしく世界へ発信できる場づくりをテーマに、戦略と技術の両面から取り組んでいる。

Profile

中野サガットさんの
プロフィールを見る

1993年ストⅡ日本一から、eスポーツ事業責任者へ。
中野サガットさんのすべてがここに。

プロフィールページへ

VOICES OF THE DRIVEN

挑み続ける人たちの情熱のストーリー

栢沼 良行 栢沼 良行

Interview — #01

物語を知って飲む一杯は、意味が全く違う。

栢沼 良行

焙煎士 / カフェテナンゴ

小澤憲子・照美 小澤憲子・照美

Interview — #02

ふわっ、しっとり。それが、私たちの全て。

小澤憲子・照美

パティシエ / ラ・ファミーユ

久保 智花 久保 智花

Interview — #03

筆を捨て、爪楊枝を選んだ。

久保 智花

画家

Yumi Yumi

Interview — #04

やってみなよ、変わるから。

Yumi

フォトグラファー

市川 リヒロ 市川 リヒロ

Interview — #05

やってみてダメだったら、 その時やめればいい。

市川 リヒロ

ツアーコンダクター

佐藤 卓 佐藤 卓

Interview — #06

実際に一歩踏み出してみると、本当に景色が変わる。

佐藤 卓

売上設計士

山田ジロウ 山田ジロウ

Interview — #07

謙虚さは魔除け

山田ジロウ

Webマーケッター

木村 周平 木村 周平

Interview — #08

写真は感性じゃなく、見せる技術

木村 周平

フォトグラファー

志水 直樹 志水 直樹

Interview — #09

おもろい方へ行けば、世界は味方になる。

志水 直樹

GPSランナー

MASHUU MASHUU

Interview — #10

誰かの日常を健やかに保つ「解決策」でありたい

MASHUU

ヒバの妖精

踊るミエ 踊るミエ

Interview — #11

ステップひとつで、世界は塗り替えられる

踊るミエ

ゴーゴーガール

西尾 葉子 西尾 葉子

Interview — #12

一人じゃ何も作れないから

西尾 葉子

世界唎酒師

山田よう子 山田よう子

Interview — #13

自分のためには1ミリも頑張れない

山田よう子

アームレスリング世界チャンピオン

本家 豊大 本家 豊大

Interview — #14

利他的であるほど、人は居場所を持てる

本家 豊大

コミュニティディレクター

野村 大輔 野村 大輔

Interview — #15

お笑いを辞めたんじゃない。人を元気にする方法が変わっただけ。

野村 大輔

鍼灸師/元芸人

山川千穂子 山川千穂子

Interview — #16

「ありがとう」を、すべて音に変えて。

山川千穂子

作詞家/ボイストレーナー

中野サガット 中野サガット

Interview — #17

「悩んでいるくらいならやめておけ」

中野サガット

ストリートファイターⅡ公式全国大会優勝

うさみ みずほ うさみ みずほ

Interview — #18

『若いから、女だから』って言葉に折れるのはやめた。

うさみ みずほ

俳優

栢沼 良行 栢沼 良行

Interview — #01

物語を知って飲む一杯は、意味が全く違う。

栢沼 良行

焙煎士 / カフェテナンゴ

小澤憲子・照美 小澤憲子・照美

Interview — #02

ふわっ、しっとり。それが、私たちの全て。

小澤憲子・照美

パティシエ / ラ・ファミーユ

久保 智花 久保 智花

Interview — #03

筆を捨て、爪楊枝を選んだ。

久保 智花

画家

Yumi Yumi

Interview — #04

やってみなよ、変わるから。

Yumi

フォトグラファー

市川 リヒロ 市川 リヒロ

Interview — #05

やってみてダメだったら、 その時やめればいい。

市川 リヒロ

ツアーコンダクター

佐藤 卓 佐藤 卓

Interview — #06

実際に一歩踏み出してみると、本当に景色が変わる。

佐藤 卓

売上設計士

山田ジロウ 山田ジロウ

Interview — #07

謙虚さは魔除け

山田ジロウ

Webマーケッター

木村 周平 木村 周平

Interview — #08

写真は感性じゃなく、見せる技術

木村 周平

フォトグラファー

志水 直樹 志水 直樹

Interview — #09

おもろい方へ行けば、世界は味方になる。

志水 直樹

GPSランナー

MASHUU MASHUU

Interview — #10

誰かの日常を健やかに保つ「解決策」でありたい

MASHUU

ヒバの妖精

踊るミエ 踊るミエ

Interview — #11

ステップひとつで、世界は塗り替えられる

踊るミエ

ゴーゴーガール

西尾 葉子 西尾 葉子

Interview — #12

一人じゃ何も作れないから

西尾 葉子

世界唎酒師

山田よう子 山田よう子

Interview — #13

自分のためには1ミリも頑張れない

山田よう子

アームレスリング世界チャンピオン

本家 豊大 本家 豊大

Interview — #14

利他的であるほど、人は居場所を持てる

本家 豊大

コミュニティディレクター

野村 大輔 野村 大輔

Interview — #15

お笑いを辞めたんじゃない。人を元気にする方法が変わっただけ。

野村 大輔

鍼灸師/元芸人

山川千穂子 山川千穂子

Interview — #16

「ありがとう」を、すべて音に変えて。

山川千穂子

作詞家/ボイストレーナー

中野サガット 中野サガット

Interview — #17

「悩んでいるくらいならやめておけ」

中野サガット

ストリートファイターⅡ公式全国大会優勝

うさみ みずほ うさみ みずほ

Interview — #18

『若いから、女だから』って言葉に折れるのはやめた。

うさみ みずほ

俳優