wakkul

カート種別

イベント 商品
元プロバスケットボール選手・ピラティスインストラクター 鈴木 翔太さん 元プロバスケットボール選手・ピラティスインストラクター 鈴木 翔太さん

Interview — #21

「何者でもない自分」と向き合う。何度も逆境をくぐり抜けた先に掴んだ、真ん中にある揺るぎない芯

元プロバスケットボール選手・ピラティスインストラクター 鈴木 翔太

Former Pro Basketball Player / Pilates Instructor — Shota Suzuki

About this story

かつて、厳しい競争を勝ち抜きBリーグのコートを走っていた一人の男がいます。しかし25歳で戦力外通告され、通帳に並ぶ親からの無言の優しさに涙した日々を過ごしました。現在はピラティスインストラクター、そしてモデルとして新たな舞台へ挑む鈴木翔太さん。過去の過酷な経験をすべて力に変えて、誰よりも前を向いて走り続ける彼の、生き方の真ん中に迫ります。

鈴木 翔太さん インタビュー01
01

消去法から始まった、僕とバスケの出会い

バスケットボールを始めたのは小学校3年生のときだったそうですね。どのようなきっかけだったのですか?

実は、かなり消去法のような選び方だったんです。小学生の時の体力テストでずっと1番だったので、色々なスポーツクラブの先生から声をかけてもらい、サッカー、野球、バスケの体験にすべて行きました。でも、サッカーは常に動いていたい僕にとって待っている時間が長くて合わなくて、野球は体験に行ったら坊主頭が強制だと言われて、どうしても嫌だったんです。カッコよくモテたいという気持ちも、正直ありましたからね(笑)。その点、父が部活でバスケをやっていたことや、髪型を自由に保てるという理由から、消去法でバスケを選びました。3歳からやっていた水泳の選手コースへの進学を断って始めた競技でしたが、すぐに夢中になって。小学4年生の頃には、コートの上でがむしゃらにボールを追いかける毎日が、本当に楽しかったんです。

02

エースとしての挫折と、頭を丸めたあの日

中学校では県優勝を果たすほどの実力者だった一方、大切な夏の大会の直前に、大きな転機があったとお聞きしました。

中学2年の秋の大会で県優勝し、学級委員長も務めていた当時の僕は、少し天狗になっていたんです。勉強も学年で上位、スポーツもできたから、ルールなんて自分には関係ないと思い込んで、周囲への配慮を欠いた態度をとってしまうことがありました。自分で物事を考えられるのは良かったのですが、みんなの輪を乱すような我が物顔な姿勢がエスカレートして、3年生の夏の総体直前に、学校の規律を大きく乱す問題を起こし、謹慎処分を受けてしまった。自分がいないコートで負けて、泣き崩れるチームメイトの姿を見た時、エースとしての自覚がどれほど欠けていたか、身をもって痛感しました。みんなの努力を台無しにした責任を取るため、あんなに嫌がっていた坊主頭に自分でバリカンを入れたんです。それが、当時の僕なりの反省の示し方でした。

鈴木 翔太さん インタビュー02
両親が無言で支えてくれていた愛情を知り、絶対にここで引き下がるわけにはいかない。
鈴木 翔太さん インタビュー03
03

江戸川大学での覚醒と、葛藤のプロ1年目

その後、高校、大学で頭角を現してプロの道へ進まれましたが、プロ生活の始まりは想像以上に過酷なものだったそうですね。

関東2部リーグ(当時)に所属する江戸川大学に進学し、そこで出会った日本代表クラスの先輩に「お前はプロになれる」と言われたことがきっかけで、プロ就活もせず体育館にこもって、練習に明け暮れました。大学卒業後の2020年、Bリーグの西宮ストークスに練習生として入団。最初の1年は、想像以上に厳しかったです。スクールの指導などで得る月収は家賃を払うと手元にほとんど残らず、自分のプロとしての現在地や、これからの生活をどう立てていくか、毎日頭を悩まされていました。親にも心配をかけたくなくて相談できず、いよいよ限界が近づいていたある日、記帳した通帳に、黙ってお金が振り込まれているのを見つけたんです。両親が無言で支えてくれていた愛情を知って、目頭が熱くなりました。同時に、絶対にここで引き下がるわけにはいかないと決意し、全国のプロチームに向けて手紙を書いて送りました。

04

25歳で突きつけられた戦力外通告と、ピラティスとの出会い

手紙が実って2021年にB3の岩手ビッグブルズと契約されましたが、今度は25歳という若さでプロ契約の打ち切りを経験されたのですね。

岩手では1シーズンを過ごし、10試合に出場したものの、思うような結果は残せませんでした。そして25歳の誕生日の翌日、目の前に提示された契約更新の条件は、実質的な戦力外通告のような内容だったんです。プロの世界の厳しさを肌で感じて、目の前が真っ暗になりました。それでも、当時同棲していた彼女から「やりたいならやればいいし、やめたいならやめればいい」と言われて、シンプルな言葉なのに本当に救われたんです。もう一度だけ、抗うことに決めました。次のチャンスを狙って東京の中野でアルバイトをしながら個人特訓をしていた時、体を効率よく鍛えようと偶然飛び込んだのが、当時店舗数が少なかった直営4店舗目時代のクラブピラティス。アスリートとして運動神経には自信があった自分が、全く体をコントロールできなくて、「なんだこれは」と強烈な衝撃を受けたのを、今でも覚えています。

鈴木 翔太さん インタビュー04
誰かのためではなく、一人の人間として自分の人生を生きるために、納得してコートを去る。
鈴木 翔太さん インタビュー05
05

能登の震災。人のために走り続けた僕が選んだ引き際

ピラティスに出会った後、金沢武士団へと移籍されましたが、そこで選手キャリアを終える大きな決断をされたのですね。

金沢のチームでプレーしていた26歳の冬、能登半島地震が起きました。会場も被災し、僕が住んでいた家も壊れて、バスケができる環境は、完全に失われてしまった。2月からはチームの仲間と復興支援活動にすべてを捧げて走り続けていましたが、自身の生活すら確保できない極限状態の中で、ふと立ち止まったんです。今までは「誰かに元気を与えるため」「親に恩返しするため」と、周りの期待に応えることに必死でした。でも、自分の身の安全すら保てない中で、何かが違うと直感しました。誰かのためではなく、一人の人間として自分の人生を生きるために、納得してコートを去る決断——それが、今の僕をつくった大きな転換点です。一度バスケから離れることで、自分の人生を自分で選べるようになったと、今は思っています。

06

体が整うだけで終わらない。自分軸を確立するピラティスの価値

プロアスリート生活を終えてピラティスインストラクターに本格転身し、どのような変化がありましたか?

ピラティスを教えるようになって、最も大きく変わったのは、自分の真ん中にある軸がより強固に、ブレなくなったことです。ピラティスは、呼吸を整えながら骨や筋肉の細かな動きに集中し、徹底的に自分自身の内側と向き合うエクササイズ。誰かの発信や周囲の雑音に振り回されることなく、「今の自分はどうなんだろう」と見つめ直す習慣ができたことで、精神的な視野が格段に広がりました。お客さまに対しても、レッスンを提供するというより、お互いに支え合うコミュニティだと感じています。単に関節や姿勢が良くなるというレベルを超えて、揺るぎない自分軸を生き方そのものに確立させてくれる——それが、この仕事の本当の魅力だと、日々実感しています。

鈴木 翔太さん インタビュー06
「何者でもない自分」と向き合い、内側に一本のブレない自分軸を通す心地よさ。
鈴木 翔太さん インタビュー07
07

自分の現在地、そして心が休まる瞬間

日々ピラティスやモデルの仕事で忙しい日々を送る中、どのように過ごしてリフレッシュされていますか?

実は、お笑いを見るのが昔から本当に大好きなんです。バラエティ番組を観たり、芸人さんの喋りを聞いたりしている時間が、僕にとって一番心が休まる瞬間ですね。喋ることや面白いものを追求する姿勢に憧れがあるので、お笑いを観ていると単純に楽しいだけでなく、自然とエネルギーが満たされていくんです。オンとオフの切り替えを大切にしながら、こうしたプライベートな時間で心を緩めることが、目の前の仕事に全力で向き合うための、欠かせない原動力になっています。

Message

これからも、変わらずに

鈴木さんがピラティスインストラクターとして、そろそろ次の1歩へと進む今、これから出会う人たちに届けたい想いを聞かせてください。

僕は30代前半のうちにSNSのフォロワー数10万人を達成し、いつかテレビやバラエティ番組でも活躍できるピラティスインストラクターになる、と決めています。将来はもちろんモデルとしても挑戦を続けながら、日本一の男性ピラティスインストラクターを目指し、いずれは独立して自分の店舗を持つ——それが僕の大きな目標です。いくつもの逆境をくぐり抜けてきたからこそ、伝えられる元気や勇気があると信じているからです。他人の意見に流されず、「何者でもない自分」と向き合い、内側に一本のブレない自分軸を通す心地よさを、僕の発信を通じて一人でも多くの人に届けたい。今は所属スタジオでレッスンをしながら、その一歩一歩を積み重ねています。皆さんと深い呼吸を合わせ、自分だけの真ん中にある揺るぎない芯を見つける時間を——いつか、一緒に過ごせたら嬉しいです。

Lesson

レッスン・訪問のご相談、
お気軽にどうぞ

所属スタジオでのレッスンに加え、出張・訪問レッスン、オンラインマット指導も承っています。東京・埼玉・千葉を中心に、八潮・流山・新小岩・市川・品川エリアで対応。内容や日程など、まずはお気軽にご相談ください。

お問い合わせ

InstagramのDM、メール、お電話にて受け付けております。 ご都合のよい方法でご連絡ください。

080-2557-3711 bsk.all.japan@gmail.com

鈴木 翔太さん

Profile

鈴木 翔太

Pilates Instructor / Former Pro Basketball Player

すずき しょうた

基本情報

生年月日:1997年5月1日
出身:栃木県

活動エリア

東京・埼玉・千葉
(八潮・流山・新小岩・市川・品川など)

経歴

元プロバスケットボール選手。大学卒業後、Bリーグの西宮ストークス(現:神戸ストークス)に練習生として入団
B3の岩手ビッグブルズ、金沢武士団でポイントガードとしてプレー
2024年1月の能登半島地震での被災を機に現役引退
現在はピラティスインストラクターとして東京・埼玉・千葉を中心に活動
アパレルモデルやテレビ出演など多方面へ挑戦し、「応援される男性ピラティスインストラクター」の日本一を目指している
将来的には独立し、自身のスタジオを持つことを目標としている

Share this story

Afterword

消去法で選んだバスケからBリーグのコートへ。25歳での契約打ち切り、能登半島地震を機にした引退——鈴木翔太さんは幾度もの逆境をくぐり抜け、ピラティスインストラクターとして新たな舞台へ踏み出しました。「何者でもない自分」と向き合い、真ん中にある揺るぎない芯を確立する。その生き方を、これからも変わらず届けていく——それが彼の次の一歩です。

筆者画像

秋田 信明 Nobuaki Akita

Wakku Inc. CEO|wakkul

SI・Web業界での28年の実務経験を経て、現在はセルフプロモーションサービス wakkul(ワックル) の企画・設計・運営を手がける。モデル・職人・料理人・エンジニアなど、あらゆる分野で技と物語を持つ人が自分らしく世界へ発信できる場づくりをテーマに、戦略と技術の両面から取り組んでいる。

Profile

鈴木 翔太さんの
プロフィールを見る

元プロバスケットボール選手・ピラティスインストラクター・鈴木 翔太さんの活動情報はこちらから。

レッスン・訪問のご相談は Instagramメール080-2557-3711 より

プロフィールページへ

VOICES OF THE DRIVEN

挑み続ける人たちの情熱のストーリー

栢沼 良行 栢沼 良行

Interview — #01

物語を知って飲む一杯は、意味が全く違う。

栢沼 良行

焙煎士 / カフェテナンゴ

小澤憲子・照美 小澤憲子・照美

Interview — #02

ふわっ、しっとり。それが、私たちの全て。

小澤憲子・照美

パティシエ / ラ・ファミーユ

久保 智花 久保 智花

Interview — #03

筆を捨て、爪楊枝を選んだ。

久保 智花

画家

Yumi Yumi

Interview — #04

やってみなよ、変わるから。

Yumi

フォトグラファー

市川 リヒロ 市川 リヒロ

Interview — #05

やってみてダメだったら、 その時やめればいい。

市川 リヒロ

ツアーコンダクター

佐藤 卓 佐藤 卓

Interview — #06

実際に一歩踏み出してみると、本当に景色が変わる。

佐藤 卓

売上設計士

山田ジロウ 山田ジロウ

Interview — #07

謙虚さは魔除け

山田ジロウ

Webマーケッター

木村 周平 木村 周平

Interview — #08

写真は感性じゃなく、見せる技術

木村 周平

フォトグラファー

志水 直樹 志水 直樹

Interview — #09

おもろい方へ行けば、世界は味方になる。

志水 直樹

GPSランナー

MASHUU MASHUU

Interview — #10

誰かの日常を健やかに保つ「解決策」でありたい

MASHUU

ヒバの妖精

踊るミエ 踊るミエ

Interview — #11

ステップひとつで、世界は塗り替えられる

踊るミエ

ゴーゴーガール

西尾 葉子 西尾 葉子

Interview — #12

一人じゃ何も作れないから

西尾 葉子

世界唎酒師

山田よう子 山田よう子

Interview — #13

自分のためには1ミリも頑張れない

山田よう子

アームレスリング世界チャンピオン

本家 豊大 本家 豊大

Interview — #14

利他的であるほど、人は居場所を持てる

本家 豊大

コミュニティディレクター

野村 大輔 野村 大輔

Interview — #15

お笑いを辞めたんじゃない。人を元気にする方法が変わっただけ。

野村 大輔

鍼灸師/元芸人

山川千穂子 山川千穂子

Interview — #16

「ありがとう」を、すべて音に変えて。

山川千穂子

作詞家/ボイストレーナー

中野サガット 中野サガット

Interview — #17

「悩んでいるくらいならやめておけ」

中野サガット

ストリートファイターⅡ公式全国大会優勝

うさみ みずほ うさみ みずほ

Interview — #18

『若いから、女だから』って言葉に折れるのはやめた。

うさみ みずほ

俳優

登丸 崇志 登丸 崇志

Interview — #19

言葉はいらない。映像と音だけで、世界を震わせる。

登丸 崇志

映像制作

優 優

Interview — #20

逆境は、逃げ場じゃない。私を愛するための、たったひとつの言葉だった。

書道家

鈴木 翔太 鈴木 翔太

Interview — #21

何度も逆境をくぐり抜けた先に掴んだ、真ん中にある揺るぎない芯

鈴木 翔太

元プロバスケットボール選手・ピラティスインストラクター

渡邉 菜ノ葉 渡邉 菜ノ葉

Interview — #22

すべての人が、いくつになっても、どんな状態であっても輝ける舞台を日本につくる。

渡邉 菜ノ葉

モデル・Rayインフルエンサー

はうりあ・るなち・のらネコ はうりあ・るなち・のらネコ

Interview — #23

「できるでしょ」って言い合える3人だから

はうりあ・るなち・のらネコ

ゲーム実況・エンタメチャンネル「おちゃづけのお茶会」

栢沼 良行 栢沼 良行

Interview — #01

物語を知って飲む一杯は、意味が全く違う。

栢沼 良行

焙煎士 / カフェテナンゴ

小澤憲子・照美 小澤憲子・照美

Interview — #02

ふわっ、しっとり。それが、私たちの全て。

小澤憲子・照美

パティシエ / ラ・ファミーユ

久保 智花 久保 智花

Interview — #03

筆を捨て、爪楊枝を選んだ。

久保 智花

画家

Yumi Yumi

Interview — #04

やってみなよ、変わるから。

Yumi

フォトグラファー

市川 リヒロ 市川 リヒロ

Interview — #05

やってみてダメだったら、 その時やめればいい。

市川 リヒロ

ツアーコンダクター

佐藤 卓 佐藤 卓

Interview — #06

実際に一歩踏み出してみると、本当に景色が変わる。

佐藤 卓

売上設計士

山田ジロウ 山田ジロウ

Interview — #07

謙虚さは魔除け

山田ジロウ

Webマーケッター

木村 周平 木村 周平

Interview — #08

写真は感性じゃなく、見せる技術

木村 周平

フォトグラファー

志水 直樹 志水 直樹

Interview — #09

おもろい方へ行けば、世界は味方になる。

志水 直樹

GPSランナー

MASHUU MASHUU

Interview — #10

誰かの日常を健やかに保つ「解決策」でありたい

MASHUU

ヒバの妖精

踊るミエ 踊るミエ

Interview — #11

ステップひとつで、世界は塗り替えられる

踊るミエ

ゴーゴーガール

西尾 葉子 西尾 葉子

Interview — #12

一人じゃ何も作れないから

西尾 葉子

世界唎酒師

山田よう子 山田よう子

Interview — #13

自分のためには1ミリも頑張れない

山田よう子

アームレスリング世界チャンピオン

本家 豊大 本家 豊大

Interview — #14

利他的であるほど、人は居場所を持てる

本家 豊大

コミュニティディレクター

野村 大輔 野村 大輔

Interview — #15

お笑いを辞めたんじゃない。人を元気にする方法が変わっただけ。

野村 大輔

鍼灸師/元芸人

山川千穂子 山川千穂子

Interview — #16

「ありがとう」を、すべて音に変えて。

山川千穂子

作詞家/ボイストレーナー

中野サガット 中野サガット

Interview — #17

「悩んでいるくらいならやめておけ」

中野サガット

ストリートファイターⅡ公式全国大会優勝

うさみ みずほ うさみ みずほ

Interview — #18

『若いから、女だから』って言葉に折れるのはやめた。

うさみ みずほ

俳優

登丸 崇志 登丸 崇志

Interview — #19

言葉はいらない。映像と音だけで、世界を震わせる。

登丸 崇志

映像制作

優 優

Interview — #20

逆境は、逃げ場じゃない。私を愛するための、たったひとつの言葉だった。

書道家

鈴木 翔太 鈴木 翔太

Interview — #21

何度も逆境をくぐり抜けた先に掴んだ、真ん中にある揺るぎない芯

鈴木 翔太

元プロバスケットボール選手・ピラティスインストラクター

渡邉 菜ノ葉 渡邉 菜ノ葉

Interview — #22

すべての人が、いくつになっても、どんな状態であっても輝ける舞台を日本につくる。

渡邉 菜ノ葉

モデル・Rayインフルエンサー

はうりあ・るなち・のらネコ はうりあ・るなち・のらネコ

Interview — #23

「できるでしょ」って言い合える3人だから

はうりあ・るなち・のらネコ

ゲーム実況・エンタメチャンネル「おちゃづけのお茶会」