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モデル・介護職 渡邉 菜ノ葉さん モデル・介護職 渡邉 菜ノ葉さん

Interview — #22

すべての人が、いくつになっても、どんな状態であっても輝ける舞台を日本につくる。

モデル・Rayインフルエンサー・介護職 渡邉 菜ノ葉

Model & Caregiver — Nanoha Watanabe

About this story

きらびやかなライトを浴びて華やかなランウェイを歩くモデルとしての姿と、地元の千葉で知的障害や高齢の方々に寄り添う介護職としての姿。一見するとまったく異なる二つの世界を、23歳の渡邉菜ノ葉さんは軽やかに行き来しています。わずか1分ちょっとのランウェイのためにすべてを懸けて「1年で結果が出なければやめる」と区切った10代の覚悟と、かつてはフォロワーが1万人にも満たなかった彼女が今、福祉の未来を見据えて圧倒的な行動力を発揮するまでの軌跡をお伺いしました。

渡邉 菜ノ葉さん インタビュー01
01

焼肉屋の店長になるはずだった少女

モデルの世界に足を踏み入れた意外な背景について教えていただけますか?

実は私、最初からモデルを目指していたわけではないんです。中学生の頃はとにかくお肉を食べるのが大好きで、将来は焼肉屋の店長になりたいと本気で思っていました。地元にあるお気に入りの焼肉屋さんに、部活帰りのような感覚で毎週のように友達と通い詰めていたほどです。お父さんはお肉が食べられない人だったので、家の食卓には並ばないその美味しさを外に求めていたんだと思います。そんなホルモン大好き少女だった私ですが、両親も親戚もみんな身長が高くて、周りから「なれば?」と勧められてオーディションに応募したことが、すべての始まりでした。高校生の頃に東京の竹下通りを歩いているときに5社ほどから一気にスカウトをされたことも重なり、導かれるようにこの業界に一歩を踏み出しました

02

埋もれる恐怖が、覚悟に変わった夜

事務所に入ってからは、すぐに順調なスタートを切れたのでしょうか?

まったくそんなことはありませんでした。初めて東京の事務所に行き、周りの女の子たちを見たときの衝撃は今でも忘れられません。誰もが本当に可愛くてスタイルが良くて、キラキラと輝いていたんです。千葉の田舎から出てきたばかりの私は、一瞬で自分が埋もれてしまう現実に直面しました。「これは、ホルモンを食べている場合じゃないぞ」と、自分の甘さに火がついたんです。昔からとにかく負けず嫌いな性格だったので、そこから「1年で結果が出なければ自分には才能がないと思ってやめる」という期限を自分で区切って決意しました。大好きだったホルモンとはきっぱりと縁を切り、食生活を一から見直して体重を大幅に落としました。メイクを猛勉強し、当時はフォロワーが1万人にも満たなかったSNSの発信を、必死になって毎日続けました。

渡邉 菜ノ葉さん インタビュー02
1年で結果が出なければ、自分には才能がないと思ってやめる。
渡邉 菜ノ葉さん インタビュー03
03

たった1分のために、すべてを懸けた

その過酷な努力の末に、掴み取った景色はいかがでしたか?

自分で退路を断って挑んだ結果、憧れだった東京ガールズコレクション(TGC)のオーディションを勝ち抜き、18歳のときにあのステージに立つことができました。客席から生で見上げていた夢の舞台に自分が立ち、ライトを浴びた瞬間は、言葉では言い表せないほどの感動でした。時間にして、ほんの1分ちょっとの短いランウェイです。でも、自分の足でその光の中に立ったとき、「努力は絶対に裏切らないんだ」と、自分の経験から確信することができました。そこからは、目標としていた雑誌への出演も次々と叶えることができました。どんなに高い壁に見えても、逃げずに泥臭く行動を積み重ねれば、夢は必ず形になるのだと、身をもって知ることができた大切な経験です。

04

逃げる利用者を、全力で追いかけた日々

モデルとして活躍する一方で、地元の千葉で介護のお仕事を始められたのはなぜですか?

高校を卒業したタイミングで、地元で介護職を始めました。当時はまだモデルとしての収入が安定しない時期だったという現実的な理由もありましたが、何より私がおばあちゃん子だったことが大きいです。両親が会社を経営していて昔から忙しかったため、私はおばあちゃんに温かく育てられました。田舎の道端でおじいちゃんやおばあちゃんに話しかけられるだけで嬉しくなるくらい、シニア世代の方々が大好きだったんです。だから、自然と「将来的には人を直接支え、誰かの暮らしのコミュニケーションに寄り添う仕事がしたい」と思うようになりました。最初は言葉が通じないもどかしさがありましたし、手足の自由が利かない利用者のケアにどうしていいか分からず戸惑うことばかりでした。時には施設から脱走してしまう利用者がいて、全力で追いかけるような泥臭い毎日でしたが、必死に寄り添う中で嬉しそうにしてくれる姿を見ると、私も心が温かくなって仕事にのめり込んでいきました。

渡邉 菜ノ葉さん インタビュー04
「可愛くいたい」「輝きたい」——その気持ちは、人間の本能なんだと実感しました。
渡邉 菜ノ葉さん インタビュー05
05

「その髪色、素敵だね」が教えてくれたこと

介護の現場で、渡邉さんが感じた最も大きな気付きは何ですか?

介護を受けているおじいちゃんやおばあちゃんたち、そして知的障害を抱える方々と接していてハッとしたのは、みんな驚くほどおしゃれに関心があるということでした。私の髪色やネイルが変わるたびに、すぐに気付いて「変わってる!」「ブリーチしたの?」と、嬉しそうに声をかけてくれるんです。中にはご自身で髪をピンクや金髪に染めて、毎日のおしゃれを本当に楽しんでいる方もいます。「その髪色、すごく素敵だね!」とお互いに刺激をもらいながらおしゃべりする時間が本当に楽しくて、年齢や身体の状態に関係なく、「可愛くいたい」「輝きたい」という気持ちは人間の本能なんだと強く実感しました。同時に、こうしたおしゃれへの情熱こそが、人を笑顔にし、元気に生きるための大きな力になるのだと教えられました。

06

忙しい両親が、それでもハンドルを握った理由

二つの全く異なるお仕事をこれまで両立する上で、周囲のサポートはどう影響していますか?

もし周囲のサポートがなければ、ここまで走り続けることは絶対にできませんでした。特に大きかったのは両親の存在です。当時はオーディションや撮影があるたびに、地元千葉の田舎から東京まで車で毎回送り迎えをしてくれていました。自分たちも会社を経営していて忙しいはずなのに、私の夢をそこまで応援してくれたことには感謝しかありません。甘えるときは甘えさせてもらいながらも、自立して働く両親の背中を見て育ったからこそ、私も途中で投げ出さずに頑張ろうと思えました。そのたくさんの優しさに、今度は私が仕事で結果を出して恩返しをしたいという強い想いが、活動の原動力になっています。

渡邉 菜ノ葉さん インタビュー06
二つの場所で待ってくれている人たちの笑顔が、私の毎日の歩みを支える最大のエネルギーです。
渡邉 菜ノ葉さん インタビュー07
07

数字の先に、待っている人がいる

SNSでの大きな反響や、現場で待つ人たちの存在についてはどう捉えていますか?

ありがたいことに、リール動画は490万回再生を記録し、その後も継続して高い再生数を維持しています。SNS全体でも毎回多くの方にご覧いただいており、フォロワー数も着実かつ急速に増加しています。私が今、これほど知名度や影響力にこだわっているのは、単に自分が有名になりたいからではありません。自分の名前と影響力を大きく育てることが、将来的に福祉や介護の世界へ大きな支援の力を生み出すと信じているからです。モデルの仕事が忙しくなった今でも、休みがあれば東京から地元の千葉に戻って介護の現場に立ち続けています。それは、私の発信を応援してくれるファンの方々はもちろん、現場で「待ってたよ」と笑顔で迎えてくれるおばあちゃんたちの存在があるからです。二つの場所で待ってくれている人たちの笑顔が、私の毎日の歩みを支える最大のエネルギーになっています。

Message

まだ日本にない景色を、自分の足でつくる

渡邉さんがこれから叶えていきたい、一番の夢を教えてください。

海外の有名なコレクションでは、障害を持つ方々が車椅子や義足で堂々とランウェイを歩く姿が日常的にあります。でも、日本のファッションショーではまだその光景を目にすることはほとんどありません。私のこれからの夢は、自分の影響力を最大限に高めて、日本のTGCで、手足の不自由な方や高齢の方々と一緒にランウェイを歩くことです。すべての人が、いくつになっても、どんな状態であっても輝ける舞台を日本につくる。年齢や障害という壁を越えて、誰もがおしゃれをして、最高にきらめく笑顔になれる場所を日本に絶対につくります。地元・千葉田舎の大好きな人たちから始まって、世界中の人たちをあの光の中へ連れていきたいんです。いつかその特別なランウェイの景色を、読者の皆さんと一緒に見られる日を楽しみにしています。

渡邉 菜ノ葉さん

Profile

渡邉 菜ノ葉

Model / Ray Influencer / Caregiver

基本情報

生年月日:2003年2月3日
出身:千葉県

主な活動

モデル
Rayインフルエンサー
介護職

経歴・実績

高校生の時、東京・原宿の竹下通りでのスカウトをきっかけにモデルデビュー
高校卒業後、地元・千葉県にて介護職を開始
18歳で念願の「東京ガールズコレクション(TGC)」出演を果たす
目標としていたファッション雑誌への出演実績多数

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Afterword

焼肉屋の店長を夢見ていた少女が、竹下通りのスカウトからモデルの道へ。埋もれる恐怖を覚悟に変え、TGCのステージを掴み取った渡邉菜ノ葉さん。同時に地元千葉で介護の現場に立ち、「可愛くいたい」「輝きたい」という本能を誰もが持つと実感する。モデルと介護、二つの世界を軽やかに行き来しながら、日本のTGCで誰もが輝けるランウェイをつくる——それが彼女の進む道です。

筆者画像

秋田 信明 Nobuaki Akita

Wakku Inc. CEO|wakkul

SI・Web業界での28年の実務経験を経て、現在はセルフプロモーションサービス wakkul(ワックル) の企画・設計・運営を手がける。モデル・職人・料理人・エンジニアなど、あらゆる分野で技と物語を持つ人が自分らしく世界へ発信できる場づくりをテーマに、戦略と技術の両面から取り組んでいる。

Profile

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