ハードな試練にも動じない、10年間の原体験
小学校から中学生まで、ずっとバスケをやっていました。当時は本当に厳しい環境で、昭和のスポ根みたいな指導を受けていたんです。怒られ役に回ることも多かったんですけど、私はけっこう平気な顔をしていて。ハードな試練もたくさんありましたが、強豪校だったからこそ鍛えられた部分は大きいです。あの10年間があったおかげで、その後にどんな厳しい環境に置かれても、ちょっとやそっとのことでは動じないメンタルが育ちました。
Interview — #26
アイドル 柿元 礼愛
About this story
過酷な病を乗り越えた17歳の少女は、「人生このまま終わったら嫌だ」という思いを胸に未経験からアイドルの世界へ飛び込みました。SKE48での過酷な日々と活動辞退、その後のプロジェクト解散という幾多の転機を経て、現在はフリーの現役アイドルとして次なるステージを見据えている柿元礼愛さん。周囲の悩みごとまで笑い飛ばす清々しさと、自分の幸せをまっすぐに見極めるしなやかな強さの源流に迫ります。
小学校から中学生まで、ずっとバスケをやっていました。当時は本当に厳しい環境で、昭和のスポ根みたいな指導を受けていたんです。怒られ役に回ることも多かったんですけど、私はけっこう平気な顔をしていて。ハードな試練もたくさんありましたが、強豪校だったからこそ鍛えられた部分は大きいです。あの10年間があったおかげで、その後にどんな厳しい環境に置かれても、ちょっとやそっとのことでは動じないメンタルが育ちました。
17歳の時、O157という食中毒にかかってしまったんです。牛の菌が原因だったみたいで、最初はただのお腹の痛みかと思ったら、一気に重症化してしまって。1ヶ月半ほど入院して、輸血も2回受けるほど命の危機に直面しました。意識はあったんですが、本当に苦しくて。でも、そこからなんとか生き返ることができた時、人生このまま終わったら嫌だなって心底思ったんです。せっかくなら、何か面白いことでもやってみようと考えるようになりました。
はい。お兄ちゃんとふざけながら、夜中に見つけたオーディションに応募してみたのがきっかけです。最初は別番組のオーディションで途中で落ちてしまったんですけど、その時に地上波メンバーとしてぴあアリーナのAKB48さんのコンサートに立たせてもらえたんです。その後、並行してSKE48のオーディションがあったんですが、仲良くしてくれていたお姉さんメンバーたちが応募条件の対象外だったため、「私たちの代わりに受けてみて」と背中を押してもらえたんです。だから「みんなの代わりに」って挑戦したら、トントン拍子で合格しちゃって。そこから高校生で名古屋へ通うことになり、本当に激動の時期でした。
想像以上に過酷で、最初は本当におかしくなりそうでした。毎日違う公演があって、数日で十何曲も振り付けと歌を覚えなきゃいけないんです。終電まで練習して、家に帰ってもアドレナリンが出すぎて眠れない日々が続きました。でも、ステージに立ってファンの皆さんの前に出た時のワクワク感は、何にも代えられない快感でしたね。どれだけ疲れていても、あの歓声を聞くと全部吹き飛んでしまうくらい楽しかったです。
5年後、10年後の自分を想像した時に、ここで活動を続けるよりも、違う道に進んだほうが絶対に幸せになれると思ったんです。自分の置かれている環境を冷静に見つめ直した結果でした。一度そう思ったら迷いはなくて、すぐに辞めることを伝えに行きました。大人の顔色を窺うよりも、自分が心から笑える場所を選ぶことのほうが、私にとっては大切だったんです。
何歳までにこうしなきゃ、みたいな目標をガチガチに決めるのはあまり好きじゃないんです。それよりも、自分が心地よいと思える自然な流れに乗って生きるのが楽しくて。SKE48を離れたあとも別のプロジェクトに参加して、色々あって辞めて解散しちゃったりもしましたけど、今はフリーでイベントに呼んでいただきながら、楽しくやっています。友達から悩み相談を受けても、なんでそんなことで悩んでるのって笑い飛ばしちゃうくらい、毎日を軽やかに過ごせていますね。
昔から小さな子どもが大好きで、いつか幼稚園や小学校の先生になりたいという夢があるんです。高校も教育系の学校に通っていて、通信制の大学にも進学していました。再デビューに向けて忙しくなった時に、実習などの両立が難しくて一旦大学は辞めてしまったんですけど。でも、実習で子どもたちと触れ合った時間は本当に楽しかったですし、将来は絶対に子どもたちと関わる仕事がしたいと心に決めています。
Message
これから先、柿元さんが見つめている未来の景色と、大切にしていきたい想いを教えてください。
17歳で病気をして、面白いことをしようと決めたあの日の気持ちは、今も私の中にずっとあります。結果ばかりを気にして立ち止まるのではなく、自分が心から笑える場所を見極めながら、私らしいステップで進んでいきたいと思っています。今はフリーとして活動していますが、秋口にはまた新しい形でデビューできたらと準備を進めているところです。これからも私らしい自然な流れに乗って、ファンの皆さんと一緒に最高に面白い景色を見ていけたら嬉しいです。
Profile
Idol — Reia Kakimoto
生年月日:2005年9月12日
出身:兵庫県
愛称:れな
趣味:料理 / 特技:バスケットボール
フリーアイドル
元SKE48 12期研究生
自分が心から笑える場所を見極めながら、私らしいステップで進む。
Afterword
バスケで鍛えた10年、17歳の命の危機、「面白いことをしよう」と決めた夜中のオーディション。SKE48の研究生として名古屋へ通い、終電までの練習と歓声のあいだで過ごした日々を経て、心から笑える場所を自分で選んだ。いまはフリーとしてイベントに立ち、秋口の新しいデビューを準備している。結果より流れを信じ、悩みごとまで笑い飛ばす軽やかさの奥に、幸せを見極める強さがありました。
秋田 信明 Nobuaki Akita
Wakku Inc. CEO|wakkul
SI・Web業界での28年の実務経験を経て、現在はセルフプロモーションサービス wakkul(ワックル) の企画・設計・運営を手がける。モデル・職人・料理人・エンジニアなど、あらゆる分野で技と物語を持つ人が自分らしく世界へ発信できる場づくりをテーマに、戦略と技術の両面から取り組んでいる。
挑み続ける人たちの情熱のストーリー